・・・日本は朝鮮を植民地にはしてないし、在日は強制連行で日本に来たわけじゃない!基本です。


by sayuriko00
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沖縄のこと その4

沖縄のこと その1
沖縄のこと その2
沖縄のこと その3

「女はみんな犯され、男はみんな殺される。どうしようか?」と昭和7年生まれの母は、終戦の日に兄と話していたという。


それを聞いたときのわたしは、あまり深刻には受け止めませんでした。「へえ」と笑っていたような気がします。
なぜなら、そんな心配は無用だったことを知っているからです。

アメリカ軍は捕虜を殺したり犯したりしなかった。
戦後の自由をもたらしてくれた解放者だった、という印象をわたしたちは持っています。
だからこそ、戦中、日本人が彼らをおそれ、捕虜になるくらいならと多くの人は死を選んだと聞いて、「愚かなことを」と余裕を持って思うわけです。

しかし、当時の人たちはどうだったでしょうか?
明日にも、アメリカ軍が島に上陸してくることを予感していた沖縄の人たちは?

当時はアメリカ軍のことは、「鬼畜米英」などと恐ろしい相手だと思い込まされていました。
そんなアメリカに捕虜になったら、どうなるのだろう?
考えるのも恐ろしいと思ったに違い有りません。

わたしは、アメリカ軍のところを「北朝鮮軍」「中国軍」と置き換えてみたとき、恐怖を実感しました。
そんな連中に捕まるくらいなら、死んだほうがマシかもしれません。
植民地の恨み、南京大虐殺の恨みを持っている人々、
さらに、南京大虐殺で言われている日本軍の残酷さは、実は中国人の残酷さだと知っているからです。
自分たちなら、あれくらいのことは平気でやるからこそ、「日本がやった」と思い込んでいる人たちです。
もともと日本人には想像もできない残酷さを文化として持っている人たちです。

沖縄戦のころの日本人は、中国軍の残酷さを知っていたはずです。今は、封印されている通州事件のことも、当時の人々は知っていました。
この事件は、日本人ならとうてい思いもつかないような残酷な方法で、一般人が中国軍に殺された事件です。
【参照! 通州事件の捜査ファイル…封殺された虐殺70周年】

アメリカが、中国軍のように残酷でないという保証はないのです。
現に、終戦間際に参戦してきたソ連軍による残虐行為は、有名です。満州に住んでいた多くの一般人が、命からがら逃げてきました。その最中、中国に子供を置いてきた人たちもいます。それほど余裕のない、恐怖にかられた脱出だったのです。
そんな中置き去りにされた子供たちは、中国残留孤児となって、戦後、新たな問題になっています。

うちの母の実家の近所にも、教師をしていた家族が逃げてきたそうです。娘は坊主頭だったそうです。娘とわかれば、ソ連兵や朝鮮人に強姦されるからだそうです。
その子の父親はその子の目の前で、ソ連軍に銃殺されたそうです。

そういうことを考えると、沖縄戦でのアメリカ軍が結局は解放軍であったとしても、当時の人には知る由もないし、信じる理由もないのです。
沖縄戦と同じ頃、本土でもアメリカ軍による無差別爆撃が行われ、東京では1晩に一般市民が10万人も焼き殺されています。

また、沖縄を開放したアメリカ軍という認識はほんとに正しいのか?
投降して、生き延びた人しか体験を語れません。
投降して殺された人は、死人にくちなしです。

そんな中で、集団自決が起こっています。

当時の証言者たちは、「命令があったかなかったかは問題ではない」と言っています。
実際、命令があったとされていた証拠は覆されています。
命令がなくても、当時の空気が住民に自決をうながしたようです。
それを、軍国教育、間接的な軍の強制と思うことは正しいのでしょうか?
なぜなら、強制したとされる「軍」も、当時の空気の中にいたのです。
積極的な軍国教育は確かにあったでしょう。
でも、教育だけではない、当時の雑誌、新聞、ひとびとの噂話、道徳、日本の置かれた立場、そういうものが時代の空気をつくっているのではないですか?
住民に死を強制したものは、そういうものではないのでしょうか。

軍に強制された、といえば、軍VS市民 という図式がはまります。または、本土人VS沖縄人という対立をあおる図式です。
ことさらに、それを言い立てる人びとの頭は、なににつけてもその図式を適用してしまうようです。
加害者VS被害者。
政府VS市民。
日本人VS朝鮮人・中国人。
それらを言い立てる人々は、「戦争が悲惨だ」と言いたいのか、「日本が悪かったし、今も反省してないから悪い」と言いたいのか、どちらなのでしょう?

戦争の悲惨さを伝えたいなら、「命令もなくて死を選んだ」と言った場合も、戦争の恐ろしさをいささかも薄めた表現になるとは思いません。
逆に、戦争というものは、そういう判断を下してしまうほど人々を追い詰める、狂わせるものなのだということを感じます。

今回の教科書検定は、沖縄の悲惨さをいささかも薄めるものではないと思います。
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by sayuriko00 | 2007-10-18 12:44

沖縄のこと その3

渡嘉敷島の場合。

この島の場合も座間味島同様、遺族年金を受け取るために軍命令ということにしたのです。
その書類を作ったという照屋昇雄さんが、新証言をしました。
少し抜粋してみます。

■渡嘉敷島の集団自決 「大尉は自ら十字架背負った」
http://www.sankei.co.jp/seiron/wnews/0608/web-news0827-2.html


こうして照屋さんらが赤松元大尉が自決を命じたとする書類を作成した結果、厚生省(当時)は32年5月、集団自決した島民を「戦闘参加者」として認定。遺族や負傷者の援護法適用が決まった。

--なぜ今になって当時のことを話すことにしたのか

 「今まで隠し通してきたが、もう私は年。いつ死ぬかわからない。真実をはっきりさせようと思った」

 --集団自決を軍命令とした経緯は

 「何とか援護金を取らせようと調査し、(厚生省の)援護課に社会局長もわれわれも『この島は貧困にあえいでいるから出してくれないか』と頼んだ。南方連絡事務所の人は泣きながらお願いしていた。でも厚生省が『だめだ。日本にはたくさん(自決した人が)いる』と突っぱねた。『軍隊の隊長の命令なら救うことはできるのか』と聞くと、厚生省も『いいですよ』と認めてくれた」

 --赤松元大尉の反応は

 「厚生省の課長から『赤松さんが村を救うため、十字架を背負うと言ってくれた』と言われた。喜んだ(当時の)玉井喜八村長が赤松さんに会いに行ったら『隊長命令とする命令書を作ってくれ。そしたら判を押してサインする』と言ってくれたそうだ。赤松隊長は、重い十字架を背負ってくれた」
 「私が資料を読み、もう一人の担当が『住民に告ぐ』とする自決を命令した形にする文書を作った。『死して国のためにご奉公せよ』といったようなことを書いたと思う。しかし、金を取るためにこんなことをやったなんてことが出たら大変なことになってしまう。私、もう一人の担当者、さらに玉井村長とともに『この話は墓場まで持っていこう』と誓った」

 --住民は、このことを知っていたのか

 「住民は分かっていた。だから、どんな人が来ても(真相は)絶対言わなかった」

 --あらためて、なぜ、今証言するのか

 「赤松隊長が余命3カ月となったとき、玉井村長に『私は3カ月しか命がない。だから、私が命令したという部分は訂正してくれないか』と要請があったそうだ。でも、(明らかにして)消したら、お金を受け取っている人がどうなるか分からない。赤松隊長が新聞や本に『鬼だ』などと書かれるのを見るたび『悪いことをしました』と手を合わせていた。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂ける思い、胸に短刀を刺される思いだった。
玉井村長も亡くなった。赤松隊長や玉井村長に安らかに眠ってもらうためには、私が言わなきゃいけない」

【2006.8.27】

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この話は本来、島民が隊長に感謝しながら、静かに終わっていった話でした。
が、旧日本軍を悪と決め付けたい大江健三郎や、岩波などの勢力が利用したことで、多くの人が苦しみ、とうとう住民ぐるみウソをついてきたことを明らかにしなければならないところまで追い詰められました。
赤松隊長の無罪は明らかです。

ところが、これを断固受け入れない人がいます。
大江・岩波側の証人として登場する、沖縄キリスト教短期大学名誉教授:金城重明氏です。
この人は、テレビ朝日系、TBS系、NHKなど、あらゆるニュースに登場し、インタビューを受けているので、多くの人が彼の話を聞いているはずです。

ビデオが語る沖縄教科書検定問題の真実~「集団自決」の軍関与否定の背景
http://www.news.janjan.jp/living/0704/0704143743/1.php


↑ このサイトには、身の毛のよだつ金城さんの体験がつづられています。
16歳の金城さんは、兄と一緒になってまず、母親を、そして小さい兄弟を殺しました。
その後は、生きている人間を見付け次々と殺しました。
そのことは、偶然助かった他の方の証言にもあります。

とにかくみんな死ななければいけないと、思ったとのことで、もちろん最後には自分も死ぬつもりでした。

 軍と運命を共にする。それが住民の精神状態を支配していた心理状態だった。
村長の命令下、命令がきたら自決することを信じ、信じ込まされていた。
軍の命令があったかどうかを論じるのは意味ない。軍隊によってどんどん追い詰められていった。袋のネズミと同じ。
客観的なことがあったか否か。大した意味ない。
その後、命令が出たらしい。村長が「天皇陛下万歳」と言った。客観的状況と心理状態を合わせて見なければならない。
集団自決の命令があったかなかったか。命令という言葉に意味はない。軍隊はもっと巧妙に動く。追い詰めれば自決しかない。


金城さんにとては、命令があったかなかったかは大した問題ではないらしいです。。
しかし、住民が簡単に自決を選んだことは、日ごろから、死ぬことは当然と思い込まされていた、『皇民化教育』がその原因だと、一環して主張しつづけています。
その金城さんにとっては、皇民化教育と、教科書検定には、どうしても共通点を見てしまうようです。

殺戮の現場を離れた金城さんたちは、日本軍と遭遇しました。

日本軍が、住民があっちに避難していると言った。第2の衝撃だった。生き延びてよかったとはいう考えは毛頭なかった。生きることが恐ろしかった。生きることが恐ろしかったということを知っている体験者は、本当に集団死がなんだったのか(わかる)。

母を殺し、兄弟を殺し、死に場所を求めて歩いていた金城さんにとって、「住民があっちに避難している」と告げられた衝撃はいかばかりだったでしょう。
もう、終わりだと思ったからこそ肉親さえ殺した。なのに、すぐ側にはぜんぜん違う世界があった。
自分のやったことはもう取り返しがつかない!

そして、自分がそのような行動をとったことを認められない金城さんは、軍に強制されたからと強く思う。
命令がなくても、軍に強制されたと。

金城さんの考えは、確かにそのとおりだと思います。
誰が、家族を殺したいものか。
なにかに強制されなければ、そういう行動は取るはずがありません。

でも、その「なにか」がイコール「軍」なのでしょうか?
軍の命令があったかなかったかを証言するには、金城さんはふさわしくないですね。
彼は何も知らないのです。

この裁判は赤松隊長が、「自決命令を下した」とされていた冤罪を晴らす裁判なのですから。

金城さんが出会った日本軍が、「住民が避難している」と言ったことは、自決命令を軍が出していたわけではないことを証明していると思います。
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by sayuriko00 | 2007-10-09 19:09

沖縄のこと その2

私たちは、沖縄集団自決を「軍は市民を守ってくれない」という証拠の例として習ってきました。
住民を犠牲にして、軍が生き延びようとしたと。
そのモトネタは、岩波書店から発行された大江健三郎氏の「沖縄ノート」らしいです。

軍命令による沖縄集団自決が起きたのは、座間味、渡嘉敷の2つの島です。

そして、2島とも自決命令を出したのは当時の守備隊長であったことから、今までの教科書では「軍の命令により集団自決が起こった」という意味の記述がなされてきました。

ところが、この2つとも、「軍の命令により」の部分が信憑(しんぴょう)性を失ったのです。
梅沢・赤松両守備隊長の遺族が、大江健三郎氏と岩波書店を相手取って起こした裁判の過程で新事実・新証言があったからです。


座間味島の場合。


歴史の真実を語った女性
http://blog.yoshiko-sakurai.jp/2007/01/post_497.html


一方、梅澤氏は昭和34年以来、沖縄への慰霊の旅を続けてきた。その度に住民らは氏をあたたかく迎えた。そして昭和62年の慰霊のとき、一人の女性が訪ねてきて言った。

「梅澤さん、本当のことを話します。昭和32年、座間味で行われた厚生省の調査で、隊長に集団自決を命じられたかと問われ、『はい』と答えました。そう言わなければならなかったために、そう言いました。けれど、それは真実ではありません」

梅澤氏はなぜ、この女性がそんなことを知っているのかと一瞬考えた。すると女性は言った。

「あの夜、5人が隊長に会いに行きました。4人は亡くなりました。私はたった1人の生き残りです。5人の中に女性が1人、女子青年団長がいましたでしょう。それが私です」

彼女は宮城初枝氏である。初枝さんはこのあと、「国の補償金がとまったら、弁償しろ」などの非難を浴びた。が、彼女が再び発言を変えることは、もはやなかった。幾人かの住民も真実を語り始め、自決命令は宮里助役が下したと判明した。そして梅澤氏は「一番気の毒なのは故里が戦場になった沖縄県民」だと語る。


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「あの夜」というのは、米軍が上陸しようという前日のことです。
集団自決を決心した村の助役他5人が、自決用の手榴弾、銃をもらおうと梅沢隊長に会いに行った日のことです。
その場で、隊長は「死ぬんじゃない」と島民を追い返したそうです。
もちろん手榴弾も渡していません。

それでも集団自決は起こりました。
これは、「精神的に追い詰められ判断力を失った」としか言いようのないことです。
誰も、助役たちの判断を非難できません。

そして、戦後、困窮した島民たちは遺族年金をもらうために、島民ぐるみウソをついていたのです。

9月29日の集会で、
「教科書にウソを書かないで」「わたしたちのおじい、おばあがウソをついていたというのか!」
と高校生たちが訴えていましたが、わたしは
「かなり洗脳されているな」としか思えませんでした。
どんな教育を受けているのかは知りませんが、ここまできたら生徒への虐待にあたるのではないでしょうか。
・・・本人がそう思ってないのだから、仕方がないですが。

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裁判は進行中だが、原告側は座間味村役場の援護係だった宮村幸延氏が昭和62年に、
『集団自決は当時の村役場助役の命令だったが、遺族補償のため梅沢守備隊長の命令として申請した』事情を記して、梅沢氏へ渡した「詫(わ)び状」を提出した。
梅沢氏の無実を証する決定的証拠といえるもので、文科省の検定でも援用された。


【正論】秦郁彦 沖縄戦の集団自決と大江氏裁判より
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/47598/

追記
大江健三郎は、「沖縄ノート」の中で、
《部隊はこれから米軍を迎えうち長期戦に入る。したがって住民は、部隊の行動をさまたげないために、また食糧を部隊に提供するため、いさぎよく自決せよ》
と書いているそうです。
なるほど。
日本軍、鬼畜ですね。
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by sayuriko00 | 2007-10-09 14:46

沖縄のこと その1

教科書検定問題・・・沖縄について。
このブログは韓国のことがテーマのはずなんですが、今は沖縄のことで頭がいっぱいなのでこうなってます。
すいません。

まず、10月2日の産経抄をお読みいただきたい。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/071002/edc0710020315000-n1.htm

何か誤解があるのではないか。それとも意識的なすりかえか。先月29日に、沖縄県宜野湾(ぎのわん)市で開かれた集会のことだ。沖縄戦で起きた住民の集団自決をめぐり、日本軍が強制したとの記述を削除するよう求めた検定意見の撤回を求め、11万人(主催者発表)が参加した。

 ▼集会で採択された決議では、「集団自決に軍が関与したことは明らか」だと、こぶしが振り上げられている。
文部科学省の検定意見は、軍の関与を否定しているわけではないのに。たとえば、検定前のある教科書にこんな記述があった。

 ▼ 「日本軍は、県民を壕から追い出し、スパイ容疑で殺害し、日本軍のくばった手榴弾(しゅりゅうだん)で集団自害と殺しあいをさせ、800人以上の犠牲者を出した」。この後半部分が「日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺しあいがおこった」と修正された。果たして「歴史の歪曲(わいきょく)」といえるのか。

 ▼集団自決の軍命令説が、信憑(しんぴょう)性を失った経緯について、小紙では何度も報道してきた。『沖縄ノート』で、自決を命じたと書かれた元守備隊長らは、著者の大江健三郎氏に名誉を傷つけられたとして、訴訟を起こしている。

 ▼沖縄戦では、集団自決とその後の地上戦により、住民の死傷者は軍人を上回った。戦後も長く米国の占領下に置かれ、本土復帰後も、米軍基地が集中したままだ。こうした沖縄の悲劇から、目をそらさないことと、教科書の不確かな記述を正すことは、なんら矛盾しない。

 ▼どんな修正に対しても、「反沖縄」と決めつける勢力がはびこる限り、沖縄と本土の隔たりは埋まらない。集会では、高校生が「教科書から軍の関与を消さないでください」とメッセージを読み上げる場面もあった。少年少女にはまず、「事実」を教えてほしい。


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これに尽きるでしょう。
今回のことで、かなり沖縄が嫌いになりそうな私ですが、それこそ中国の思うツボ。
沖縄の言論空間は、極度に反日的。それには、沖縄の2つの新聞社が極度に「関与」していることもわかっています。

昔の洗脳されていた自分を思い出し、おおらかな心で沖縄を見ていかなければならないと思います。
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by sayuriko00 | 2007-10-09 12:27